食を変えた。私が変わった。07 – KOMINNA
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色々な【つくる】を楽しむ日々とお仕事

食を変えた。私が変わった。07

ベーキングパウダー不使用、ふんわりマフィン♪

私は、未来食つぶつぶに出会う前は、慢性的な十二指腸潰瘍でした。
自分では、「自分は元気な方だ」と思っていましたが、胃が痛い、気持ち悪い日々が日常。
貧血、低体温、乳腺炎……。いろいろな不調を抱えていました。
未来食つぶつぶの食術を学び、実践していったことで、十二指腸潰瘍が完治したばかりか、より元気になって、和歌山に移住、関西弁圏で暮らす、という夢を叶えました。

「誰しも不調はあるもの」
「加齢と共に不調が起きてくるのは仕方がないこと」

それを自分の常識として受け入れていたら、今の私はいません。
私がどんなきっかけで未来食つぶつぶと出会い、どういう気持ちでセミナーを受けて、どう変化したのかを何回かに分けてお伝えしていきます。


「私」を軸に生きる

単身、和歌山に面接を受けに行った私。
千葉と和歌山は半島同士。
お互い、先端の方では、船での行き来が盛んだったそうです。
そのため、いくつか、同じ地名があったりします。
地形が似ているからか、車窓から見る景色には、そんなに違いを感じませんでした。

そんなこんなで無事合格し、数か月後に、移住しました。
家族(特に母)には驚かれましたが、「行く!」と言い切り、行きました。

母は過保護でした。

私は当時30歳を過ぎていましたが、毎日朝晩、無事であると連絡をするように言われていました。
その過保護さが苦しかったのですが、何度伝えてもどうにもならなかったので、我慢するしかないのだと諦めていました。

ですがある日、トイレでの用足しが長引いて、朝の連絡ができませんでした。
すると母は、職場に連絡をしてきました。
30歳過ぎて、朝の連絡がないからと、母親から連絡がくるって、なかなかアレです。
しかも職場の人から、そんな電話があったことを伝えられるって……。
私は恥ずかしくて、母に怒りました。

「私はゆっくりう〇こもさせてもらえないんか!!」
──と。(笑)

そこから、交渉の末、朝の連絡はなくてもいい、となりました。
小さな一歩ではありましたが、とにかく解放感がすごかったです。(笑)

それをきっかけに、「言っても変わらない」のではなくて、「諦めて受け入れてしまうから変わらない」のだと腑に落としました。

そこから、私は私の居心地の良い関係になるように、母に自分の意見を伝えるようになりました。
たくさん言い合いをしました。
母に泣かれても、自分の気持ちを優先しました。

甲斐あって、移住から数年後、朝晩の連絡義務はなくなりました。

また、母は不安が大好きなので、常に「地震情報」を送ってきてくれていました。
(どこそこで震度が何だったよ~とか、空が光ってたから地震に気を付けなよ~とか)

が、
「私は興味がないから要らない」
と、自分の意志をしっかり伝えて、頻度は格段に減りました。

母とのやり取りに関しては、一見、食事とは関係がないようにも思われるかもしれません。
ですが、つぶつぶの、命のルールに敵う食術を知らなかったら、私は今でも自分の軸を持てていなかっただろうなと思います。
※蛇足ながら、私は母が好きです。わが母ながら、すごい人なんですよ。語り継いでいきたい伝説がたくさんあります。

食べ物は、身体だけではなく、心も作ります。

命のルールに敵う食事が、強くしなやかなカラダとココロを作ってくれました。

相手がどう、環境がどう、だから自分は変わらない。
自分は被害者。自分可哀そう!
何にもできない自分キライ!

振り返ってみれば、そんな考え方を持ちつつ生きてきたような気がします
(つぶつぶ歴が長くなったので、もうあまり覚えていません/笑)

相手がどうであれ、決めるのは自分。
環境が嫌なら、変えられる。
食べ物、食べ方で、自分は変わる。
行動できる自分を褒められる。
自分を好きになれる。

つぶつぶに出会って、私が変わったお話でした(^-^)

(つづく)

次回最終回!
つぶつぶビフォーアフターをざっくりまとめます。


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